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日本初の日本チベット融合形式の観経立体マンダラ堂と
ダライ・ラマ14世法王の開眼法要御親修

宗教法人西方寺は、日本で初めてチベット佛師と共同で阿弥陀佛説法像を安置する観無量寿経立体マンダラ堂の建立を進めております。
ノーベル平和賞受賞者であるチベット国王かつチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ法王来日の御親修により、仏像開眼法要(ラプネエ)・胎内仏奉納(スンシュク)が2010年6月21日(月)午前10時〜12時に執り行われました。


2010年6月21日にダライ・ラマ法王をお迎えします。日本初のチベット大仏開眼法要
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今回の経緯

●建立の動機は釈尊の教え・悟りの教えを表す阿弥陀佛説法像を造りたいと願い、発展して修行の場としての観経の極楽浄土立体マンダラの建立となったのです。
●そして、西方寺所有の300年前制作の当麻曼荼羅とチベットの極楽浄土マンダラの構図が同じであるので、その様に造ることにしました。
●なぜチベット人佛師によるチベット式制作かは、西方寺住職がチベットの研究に携わってきたこととチベットの文化を残し保存することと民族を超えて仏教と人間の魂の触れ合い共生共存して和順になることを願って依頼しました。
●壁画は、観音菩薩・勢至菩薩・弥勒菩薩・文殊菩薩・普賢菩薩・除蓋障菩薩・地蔵菩薩・虚空蔵菩薩である。観音菩薩と勢至菩薩は一部を日本の観経の伝統に変更して制作されている。チベット特有の葉や顔料を混ぜて色を作り、手製の筆を使用して絵画の流派メンリ派の伝統技法と絵師の才能によって描かれている。大きさは縦1.50m横1.00mで菩薩画としてはチベットでも稀な大きさで佛師も日本にしか無いであろうと述べています。
●天井絵は、八吉祥・吉祥八物・五妙欲・四風馬の命増・四宝と八幅輪の30枚が描かれています。
●将来には多くの人の修行の場として又参拝者の霊性と浄土体験の場として世界の異文化どうしで共生共存の場の第一歩になることを期待しています。


ダライ・ラマ14世法王の御来寺と西方寺

ダライ・ラマ法王

なぜ西方寺に御来寺か、住職が学生の頃からチベット人学者に教えを受け、インド・ネパールなどでも修行・調査・研究で世話になった。
チベット研究またチベット学者として東京外語大学や東洋大学・大正大学などで教鞭をとり、カルチャーセンターでの講義や講演や著作も多数なので、それらのことから、何がしかの感謝の気持ちで、特にチベット仏教文化と現況を檀家信徒の方々に知ってもらうために1973年頃からしばしばチベット人を招き講演会を開催した。
その講演の中には1991年十月のダライ・ラマ法王実兄の有名なタクツェ・リンポチェもいらっしゃり、当時の新聞の記事となっている。
聴いて理解していただいた方が募金箱にお入れいただいた募金をチベットの困っている寺院や関係機関に約40年間続けて届けてきました。
また当時のご縁で、サキャ派内ゴル派の管長タルツェ・ケンボ・リンポチェを始め多くのチベット僧を西方寺に招いている。
2007年にはチベット無形文化遺産であるラマ・マニ(絵解き師)の日本初口演、2008年にはダライ・ラマ日本代表部事務所代表ラクパ氏による講演、2009年にはパンチェン・ラマの総本山タシルンポ寺のチベット僧達を招いて開催した大チベット祭と、毎年チベット支援の行事を行ってきました。
開眼法要については、阿弥陀佛・観音菩薩・勢至菩薩の浄土マンダラ堂の開眼であるので観音菩薩の化身とされるダライ・ラマ法王による開眼法要は大変ご縁の深いことです。
又法要参加の十人僧も阿弥陀佛の化身とされるパンチェン・ラマの寺の僧たちである。
開眼法要の中で既に昨年ダライ・ラマ法王から前もって平成21年に法王より届けられていた釈迦牟尼仏像を、新たに建立された阿弥陀佛説法像の背中に開けた命の木に触れる穴に胎内仏(スンシュク)として安置されることになります。


制作指揮者プロフィール

ケサン氏

大仏師(チェモ)
Kalsang Lodoe Oshoe(ケサン・ロドェ)
1954年チベット生まれ。1959年ブータンへ亡命。
幼い頃から高名なタンカ画家であり彫刻家の父より手ほどきを受け、ブータン王国政府芸術指導者に任命される。
1980年にダラムサラに移住し、ダライ・ラマ法王お抱え仏師としてナムギェル僧院を始め多くの仏像建立に貢献。
近年はヨーロッパやアメリカに沢山のプロジェクトで招かれ、ニューヨークのチベットハウスの仏像建立、マサチューセッツ・スプリングフィールド博物館のヒマヤラ芸術プロジェクト、ワシントンDCスミソニアン博物館の仏像建立責任者、ニューヨーク州コーネル大学ジョンソン博物館でのタンカ制作、ニューヨーク州イサカ市ナムギェル学堂講師などを歴任。
美術の世界ではかなりの有名人ですが、大変気さくで優しく礼儀正しい方で、彼の人柄が作品によく表れています。
毎朝必ず読経と瞑想をしてから作業に入ることにより、仏像に魂がこめられてゆくようです。


説法印阿弥陀仏とは?

曼荼羅

西方寺に古来より伝わる「観無量寿経大曼荼羅」。
阿弥陀仏といえば来迎印や法界弥陀定印の仏像が多いのですが、このマンダラの本尊たる阿弥陀仏は説法印を組んでいます。
説法印とは両手を胸の高さまで上げ、親指と他の指の先を合わせて輪を作る形で、手振りで相手に何かを説明しているしぐさを模したもの。
釈迦仏に多い印相で、釈尊によって悟りが説かれたことにより私達もまた悟りへ向かうことが出来る、という救いを意味します。
阿弥陀仏としては少ない印相ですが、京都の広隆寺などにも見られ、阿弥陀仏は釈尊の悟りの姿であることから仏像の原点の形であると言われています。
阿弥陀仏の中に釈尊の説法を聴き取り、釈迦仏の印相(説法印)から阿弥陀仏の救いを感得する、一仏二尊の仏像です。
チベットでは阿弥陀佛の説法印の像も絵(タンカ)も無いが、今回はこの日本の教えと伝統に従ったのです。


塑像とは?

粘土

粘土を素材にして造る方式で、日本では奈良時代に多く造られました。
粘土単体では壊れやすいので、和紙や砂や綿を混ぜて強度を出します。
藁縄を巻きつけた上に、粒子の荒い荒土から細かい仕上げ土へと、数種類の粘土を使って順次盛り上げてゆき、へらを使って造型してゆきます。
西方寺の仏像は重さ2トン。
この重さゆえに火急の際に持ち出せないことから、平安時代になると軽い木彫りの仏像が流行し、塑像の技術文化は失われてゆきました。
現存する塑像は、法隆寺の金剛力士像や東大寺の日光菩薩・月光菩薩像など、大変希少です。
こうして日本では失われてしまった古代文化を、はるばるチベットからやってきた大仏師が奈良時代以来1300年の時を経て蘇らせました。
しかしチベット圏でも作成が減ってこのように良い像はありません。
道具から全部手作りで心と魂を込めて仕上げられたこの仏像、これが設計図もなしに粘土で造られたものとはにわかには信じられないことでしょう。
この驚愕の古代技法をぜひ直に味わって頂きたいと思います。


立体曼荼羅堂とは?

曼荼羅

浄土宗の所依の経典は「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の3つです。
そのうちの観無量寿経に記された内容を一枚の絵に表したのが「観無量寿経曼荼羅」。
浄土宗二祖良忠上人はこの観経を、西方寺で人々に講義をしていたと伝えられています。
西方寺所有の300年前に描かれた観経マンダラは、長きに渡って人々の心にやすらぎを与えてきましたが、今回これをを立体曼荼羅堂として建立しました。
「仏像の大きさは大は丈六ないし小は八尺」との経典の言葉通り、八尺(約2m40cm)の大きさで造った阿弥陀仏を中心に、上には30枚の天井画、周囲には八菩薩の壁画が描かれ、仏前に置かれた一連托生の蓮華台に座ると360度仏の世界が現前します。 この立体マンダラを体験した参拝者は瞑想の世界に入り、日常のストレスと不安を癒すことが出来るようになります。


制作の流れ

詳細は
写真で見る大仏制作日記1(2009年6月〜2010年6月)
写真で見る大仏制作日記2(2010年7月〜2011年6月)
をご覧下さい


開始ニンマ氏ウーゲン経典

2009年
[6月9日]粘土職人&料理人のニンマ氏(チベット)・タンカ絵師ウーゲン氏(チベット)とともに制作開始。
蓮台から着手。木枠は大工の江尻氏(日本)。
中に数多くのチベット経典を納める。
[06月13日]願文と由来と日本の経典を納める

命の柱粘土仏螺髪お堂

[06月19日]仏像の中心部(脊髄)にチベットのソクシン(命の柱)と日本の塔婆を合わせて立てる。まさに日本とチベットが一つとなった瞬間。
[07月05日]仏像を現在の位置に移送、重さ2トンの仏像をクレーンで吊り上げる
[07月23日]光背づくりが始まる
[07月29日]助手の二人帰国
[08月17日]お堂建設開始
[08月28日]ケサン氏一時帰国

天井画胎内仏彩色金箔

[10月01日]ケサン氏制作再開
[10月17日]天井画制作開始、1枚の大パネル(天蓋)と30枚の小パネルを描いてゆく
[11月06日]ダライ・ラマ法王より胎内仏を賜る
[11月08日]仏像彩色開始
[11月19日]金箔貼り開始
[12月20日]仏像完成、ケサン氏一時帰国

ティンレイ氏シェラブ氏壁画台座

2010年
[03月27日]ケサン氏制作再開、弟子のティンレイ氏(チベット)来日
[04月07日]弟子のシェラブ氏(チベット)来日
[04月09日]天井画完成。八大菩薩の壁画制作開始
[05月19日]壁画の菩薩へ開眼の儀式
[05月26日]台座彩色開始
[06月21日]ダライ・ラマ14世法王による胎内佛奉納と開眼法要

完成した壁画。類を見ない精緻さと浮き出てくるようなリアルさ、宗教的雰囲気が漂います。

観音菩薩観音菩薩 勢至菩薩勢至菩薩
弥勒菩薩弥勒菩薩 文殊菩薩文殊菩薩

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